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高知はまっこといいところぜよ~幕末を巡る旅~

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真田丸が終わり、2018年の大河ドラマが「西郷(せご)どん」西郷隆盛に決定しましたね。

主人公・西郷隆盛役は鈴木亮平さん。

原作は林真理子さん。脚本は中園ミホさん。

楽しみにしている方も多いのでは。

ところで、歴史はお好きですか?

歴史好きの中には戦国時代が好き!

いやいや、平安時代!鎌倉時代!

など、好きな時代や人物がいたり。

私は、断然『幕末』が好きです。

こういうと、また、、

坂本龍馬?新撰組?

長州?薩摩?

誰が好き??

など、聞かれます。

敢えて言うなら、中岡慎太郎が好きです!!

そして、あの時代に胸が熱くなる。

自分の命を投げ出してでも日本をかえたい!と多くの人達が奮い立った時代。

良いか悪いかは置いておいて、その気持ちに強く胸を打たれるのです。

時代なのかもしれませんが、自分だったら絶対そんなこと出来ない。

色んな人達がいて、色んな想いがあって、今の日本がある!

そんな日本に、そんな世界に、自分は今生きていると思うと

そういう人達に恥じない自分でいたいと、、

大げさかもしれませんが思うのです。

さて、前置きが長くなりましたが、幕末好きと旅行好きが総じて

資料館や歴史的建造物巡りが大好きです。

高知県にも何度か行きました( ^ω^ )

初めて行った時から大好きな場所。

もし夫が転勤で高知県に行くことになれば、大喜びでついて行ける場所(笑)

今回は土佐こと高知県をご紹介(=^・^=)

高知県といえば

坂本龍馬ですよね!

幕末の志士。1835年11月15日、土佐国(高知県)高知城下の郷士坂本八平の次男として生まれる。

1853年3月、江戸に出て北辰一刀流千葉定吉道場に剣を学び北辰一刀流の免許を得る。1861年8月土佐勤王党が結成されるやこれに加盟。

在郷当時に江戸で幕臣勝海舟を訪い、その見識に感激して入門。単純な攘夷論を捨て、航海術を修行し勝を補佐して活躍した。

63年には勝の提唱による「海軍操練所」の設立に奔走するが、勝の失脚により操練所は解散となる。
操練所解散後は、同志を率いて長崎に商社(亀山社中)を設け通商航海業に乗り出す。これを媒体として倒幕のため薩長2藩を同盟させる運動に奔走、中岡慎太郎と協力して翌66年1月20日には京都で薩長同盟を成立させた。

土佐藩は山内容堂の公武合体路線の行き詰まりから方向転換を求めていたため、龍馬と中岡慎太郎の脱藩の罪を許し、龍馬を海援隊長、中岡を陸援隊長とする。
6月、後藤とともに京都に向かう船中で龍馬は、大政奉還、公議政治などの新国家構想をいわゆる「船中八策」としてまとめた。これが土佐藩論を動かし、10月山内容堂は将軍徳川慶喜に大政奉還を建白、大政奉還が実現する。
その後も龍馬は土佐、長崎、福井などを奔走し、新政府の構想を練っていたが、11月15日夜、京都の下宿近江屋で中岡慎太郎と会談中、幕府見廻組に襲われて暗殺された。享年33歳。

桂浜の坂本龍馬像。

像の高さは5m30cmだとか。

近くでみると圧巻です。

こちらは桂浜。

「♪月の名所は桂浜」とよさこい節でも唄われていますね。

太平洋の海を眺めながら土佐勤王党や坂本龍馬は何を考えていたんでしょうね。

などと想像しながら眺めるのが好きな場所。

桂浜↓

坂本龍馬記念館↓

高知城

土佐24万石を襲封した山内一豊によって創建。

約400年余りの歴史を有する南海の名城として名高いお城ですね。

板垣退助像や山内一豊像などもあり、見応え十分。

 

高知城公式↓

高知城 Kochi Castle|公式ホームページ Official Website

中岡慎太郎

個人的に大好きな中岡慎太郎。

天保9年4月13日(1838年5月6日) – 慶応3年11月17日(1867年12月12日)。

幕末の代表的志士の一人であり、陸援隊隊長。名は道正。変名に石川清之助(誠之助)などがある。
中岡慎太郎は、土佐国安芸郡北川郷柏木村(現・高知県安芸郡北川村柏木)に北川郷・大庄屋の長男として生まれる。幼少時より俊才の誉れ高く、18歳のころ、武市瑞山(半平太)の道場に入門し、その後、武市が結成した土佐勤皇党に加盟して、本格的に志士活動を展開し始めた。

薩土同盟についても東奔西走し、薩摩藩と土佐藩との間で、倒幕・王政復古実現のための薩土盟約が締結される。この盟約は長州藩の隣の安芸藩を加えた薩土芸三藩約定書に拡大発展。土佐藩を戊辰戦争において薩摩・長州・肥前と並ぶ倒幕の主要勢力たらしめ、その結果として土佐藩出身者を薩摩、長州、肥前出身者同様に幕末・明治をリードする主要政治勢力たらしめた。
その後、長州の奇兵隊を参考に、自身を隊長とする陸援隊を京都に組織。また、この頃に討幕と大攘夷を説いた『時勢論』を著している。
慶応3年(1867年)12月、京都・近江屋にて坂本龍馬を訪問中、何者かに襲撃され、瀕死の重傷を負う(近江屋事件)。龍馬は即死状態であったが、慎太郎は2日間生き延び、暗殺犯の襲撃の様子について谷干城などに詳細に語った後に絶命した。享年30であった。

中岡慎太郎の生家。

この横に川が流れていてのどかでとても落ち着きます。

中岡慎太郎館公式↓

幕末から明治維新へ向かってひたむきに走りつづけた男、中岡慎太郎。 交友、健脚、政治論、書、剣、中岡慎太郎の魅力を、数々の展示で紹介する日本随一の歴史資料館。 慎太郎の生誕地、自然豊かな北川郷にて、慎太郎への思いを馳せてみませんか

いかがですか?

高知県は見所満載でとっても楽しいですよ。

こちらではご紹介できませんでしたが、美味しい食べ物も満載!

年末年始の旅行にぜひ!

アリス

アパレルメーカー勤務。
生まれ変わるなら井川遥のような素敵レディになりたい。

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